大判例

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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)663号 判決 1973年5月18日

原告

太田徳行

右訴訟代理人

佐藤一馬

被告

須藤織長

右訴訟代理人

平野智嘉義

辰口公治

被告

須藤忠之進

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告らは各自原告に対し、金五九五万五〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年七月一三日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する被告須藤織長の答弁。

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告

(請求原因)

1、原告は、被告須藤忠之進(以下「被告忠之進」という)より、昭和三四年一月一五日、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地(以下土地全部を指すときは単に「本件土地」といい、特定の一筆の土地を指す場合は「本件土地(一)」のごとくいう。)を買受け、代金金六万六〇〇〇円全額を支払つた。本件土地は、右契約締結当時訴外神奈川県の所有であつたが被告忠之進に払下げられることに確定しており、払下げ後七年間は神奈川県が買戻権を留保することになつていた。そのため、右売買契約には「神奈川県の買戻権の留保期間経過後、農地法に拠る同県知事の所有権移転許可を得るか或は地目を農地以外のものに変更する許可を得て所有権を移転する」という条件がつけられていた。

2、被告須藤織長(以下単に「被告織長」という。)は、昭和三四年一月一五日右売買契約より発生する被告忠之進の債務につき保証した。

3、ところで本件土地は、神奈川県より被告忠之進に、昭和三五年一二月一三日払下げられ同月一七日移転登記を経由したので昭和四二年一二月一二日の経過をもつて神奈川県の前記買戻権留保期間は終了した。

4、しかるに、被告忠之進は原告の催告を無視して本件土地所有権移転のため農地法所定の申請手続とらないのみか、かえつてつぎのように本件土地を他へ譲渡した。

(イ)本件土地(一) 昭和四三年八月八日訴外茅ケ崎市に譲渡。同年八月一二日所有権移転登記を経由。

(ロ)本件土地(一)(三) 昭和四三年四月一八日訴外湘南シーサイド開発株式会社(平塚市代官町二四三番地所在)に譲渡。同月二四日所有権移転請求権の仮登記を経由。

5、右の結果、被告忠之進は本件土地売買契約上の債務につき履行不能となり、それがため原告は合計金五九五万五〇〇〇円の損害を受けた。なお、損害額は本件土地(一)については昭和四三年八月ごろの、本件土地(二)(三)については同年四月ごろの地価を基準に算定したものであり、その算定の詳細は左のとおりである。

(イ)本件土地(一) 金一七五万五〇〇〇円

(坪当り金二万二五〇〇円に土地面積七八坪を乗じた額)

(ロ)本件土地(二)(三) 金四二〇万円(坪当り金二万円に土地面積二三〇坪を乗じた額より道路用地として収用された二〇坪分の代金金四〇万円を控除した額)

6、よつて、原告は、被告忠之進に対しては主たる債務者として、被告織長に対しては保証人として、原告の蒙つた前記損害の賠償を求める。

二、被告織長

(請求原因に対する認否)

1、請求原因1項の事実中、原告が被告忠之進より本件土地を買受けた事実を否認し、その余の事実は認める。金六万六〇〇〇円は、原告から被告忠之進が原告主張の日時に借受けたものである。

2、請求原因2項の事実は否認する。被告織長が保証したのは原告と被告忠之進との間の前記金銭消費貸借契約より発生する被告忠之進の債務についてである。

3、請求原因3項の事実は認める。

4、請求原因4項の事実中、被告忠之進が本件土地(一)を訴外茅ケ崎市に、本件土地(二)(三)を訴外湘南シーサイド開発株式会社に譲渡し原告主張の登記を夫々経由した事実を認め、その余の事実は否認する。

5、請求原因5項の事実は争う。

6、請求原因6項は争う。

(抗弁)

1、原告の被告忠之進に対する消費貸借契約上の債権は、昭和四四年一月一四日の経過とともに一〇年の期間が経過したので時効により消滅した。被告織長は、本訴において保証人として右時効を援用する。

2、仮りに、原告と被告忠之進の間に本件土地の売買契約が締結され、被告織長が右契約に基づく被告忠之進の債務につき原告に対し保証契約をしたとしても、左に述べる事由により被告織長は原告に対し責を負わない。

(一)右契約は不能を条件とする契約であるから無効である。原告は農地法に定める農地取得資格を欠くから、本件土地を農地として所有権の移転を受けることは法律上認められない。本件土地売買契約書には地目を変更して所有権を移転する手続につき何等記載されていないから原告は農地のまま所有権の移転を求める趣旨で右契約を締結したものである。よつて右契約は不能を条件とするものであるから無効である。従つて被告忠之進は原告に対し契約上の責を負うことはないから保証人である被告織長も責を負うことはない。

(二)仮りに本件契約が有効であつたとしても被告忠之進の債務はいまだ履行不能となつてはいない。本件土地(二)(三)については訴外湘南シーサイド開発株式会社が所有権移転請求権を仮登記したにすぎない。この段階では履行不能となつていないとすること判例である(大判大正一一年一二月二日)。本件土地(一)については被告忠之進の債務が履行不能となつていることを認めるとしても、後記の如く被告忠之進に帰責事由はない。以上により被告忠之進に損害賠償義務はないから、保証人である被告織長にも保証債務履行の義務はない。

(三)仮りに履行不能であつても、被告忠之進には左のとおり帰責事由はないから損害賠償義務はなく、従つて被告織長には保証債務履行の義務はない。

(イ)原告は、農地法上農地取得資格を欠くから、農地の所有権移転を受けることが法律上認められない。従つて被告忠之進は本件土地所有権を農地のままで原告に移転する債務の履行は法律上不可能である。

(ロ)仮りに転用許可取得後移転するにしても、原告は、農地法所定の転用計画の概要につき被告忠之進に告知しなかつたので転用許可申請を神奈川県知事に提出することができなかつた。

(ハ)仮りに転用許可申請をしたとしても承認される可能性はなかつた。現在本件土地は市街化調整区域に指定されているから承認の可能性は全くない。従つて転用許可を得て所有権を原告に移転することは不可能である。

(二)本件土地(一)は訴外茅ケ崎市に学校敷地として公用の目的のため譲渡したものである。仮に同市に譲渡しなかつたとしても(ハ)に述べた事情から転用許可が承認される可能性はないから所有権を原告に移転することは不可能である。

三、被告忠之進

被告忠之進は、公示送達による適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三、証拠<略>

理由

一<証拠>を総合すると、原告は昭和三四年一月一五日被告忠之進との間で、本件土地につきその主張のような(請求原因1項記載)内容の売買契約を締結し、同日その代金六万六〇〇〇円を支払つたこと、被告織長は同日右契約より発生する被告忠之進の債務につき保証したことを認めることができる。被告織長は、被告忠之進が受取つた右金六万六〇〇〇円は借受金である旨主張するが、これに沿う<証拠>はいずれも前掲証拠に照らし信用できず、他に同被告の主張を裏づけ、前記認定を覆えすに足りる証拠がない。

二また、昭和三五年一二月一三日神奈川県から被告忠之進に対し、本件土地が七年間の買戻権留保付で払下されたこと、その後被告忠之進が、本件土地(一)を昭和四三年八月八日訴外茅ケ崎市に譲渡し、同月一二日その所有権移転登記を経由し、本件土地(二)(三)を昭和四三年四月一八日訴外湘南シーサイド開発株式会社に譲渡し、同月二四日その所有権移転請求権の仮登記を経由したことは、原告と被告織長との間では争いがなく、原告と被告忠之進との間では<証拠>によつて認めることができる。

三ところで、右認定事実によると、原告と被告忠之進の本件土地(農地)についての売買契約は、農地法第三条または第五条所定の許可を得ることを条件としてその効力を生ずるものであるところ、右売買においては未だその許可を得てなく法定条件が成就されていないことは原告の自認するところである。

もつとも、右のような法定条件付売買契約の効果として、売主たる被告忠之進は買主たる原告に対し、本件土地につき農地法第三条または第五条所定の許可申請手続を神奈川県知事になし、右許可を得たうえその所有権移転登記手続をなす義務を負つているものというべきであるから、逆に買主たる原告は前記契約にもとづき、未だ県知事の許可を得る前であつても、後日許可があつた場合に有効に本件土地の所有権を取得すべき期待権を有しているということができる。そして、右のような法定条件付権利についても、民法第一二八条が類推適用されて法的保護を受くべきものと解するのが相当であるから、売主たる被告忠之進がその責に帰すべき事由により、買主たる原告の前記期待権を侵害した場合には、同人に対し同人がこれによつて蒙つた損害を賠償すべき義務を負うことになる。

しかし、原告の有する右のような期待権は、現実に具体的な内容を有する権利として確定するのは県知事の許可を得た後、すなわち法定条件が成就したからであるから、それまではこれに対する侵害の成否は確定することがなく、したがつてその損害賠償請求権も未だ条件付に生ずるにとどまり、これが確定的に生ずるのは右法定条件が成就した後であると解するのが相当である。

被告忠之進が、県知事に対する許可申請に協力する義務を履行しない場合、原告は同被告に対し、これを求める訴を提起し、その確定判決をもつて同被告の意思表示にかえることができるから、原告は単独で右許可申請をなすことが可能であるが、<証拠>によると原告は未だ右のような手続さえとつていないことが認められる。そして仮に、右手続がなされていても、確実に県知事の許可を得ることができる事情にあつたことを認めるに足る証拠はなく、若し、許可を得ることができなければ条件が不成就となり、原告と被告忠之進の本件土地売買契約は効力を生ずることはないのであるから、原告は被告忠之進の前二項の譲渡行為とは関係なく、本件土地の所有権を取得することはできないはずである。)そうだとすると、原告は県知事の許可を得る前、すなわち条件の成就する前は、その期待権を侵害されたとして、即時損害賠償を請求することができないというべきであるから、前記のとおり条件の成就する前に損害賠償を求める本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四よつて原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(佐藤歳二)

物件目録<略>

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